カテゴリー別アーカイブ: あの頃

魔女の宅急便を通して学んだ人付き合い

ジブリのアニメ「魔女の宅急便」を見ると、私が10歳の時のあるエピソードがいつも思い出されます。

当時、私は夏休みか冬休みかで母親の実家に遊びに来ていました。母親の実家は祖父母と叔父叔母で養豚の仕事をしており、山の中のすごい田舎にありました。

もちろん周りにはコンビニはおろか自動販売機もありませんし、テレビゲームやケータイゲームもありません。

同年代の子供も周りにいませんし、なにもすることがありませんでしたが、叔父がかなりの数のマンガを所有していたので私はいつもひとりでそのマンガを読みふけっていました。(ブラックジャックやルパン三世、ドカベンはお気に入りでした)

その日、いつものようにひとりでマンガを読んでいたのですが、楽しみにしていたことが別にありました。

家なき子2の最終回です。

家なき子は安達祐実が演じるホームレス小学生「すず」が貧乏に負けずに強く生きていく姿を描いた大人気ドラマです。その続編である家なき子2は初代と比べるとよりサスペンスで衝撃的な展開が多く毎週楽しみに見ていました。

ワクワクして放送時間を待っていたのですが…いつも一人でいる私を不憫に思ったのでしょうか、叔母が私のところにやってきて、「ちょうどいまから魔女の宅急便をテレビでやるから一緒に見よう」と言ってきたのです。

たしかに魔女の宅急便は素晴らしいアニメですが、過去に何度もテレビで放送されているのを見たことがあったので、別に興味はありませんでした。

しかし叔母の優しい声かけを無下に断ることもできず、10歳の私は叔母とともに魔女の宅急便を泣く泣く見ることになりました。

その叔母は母親の兄の嫁なので、親戚といえども私とは血はつながっていませんし、子供ながらどこかしら遠慮といいますか…気をつかっていたのだと思います。

魔女の宅急便を通して人間関係や気遣い、我慢することを学びましたw

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てれび戦士になりたい

NHK教育で放送されている「天才てれびくん」ですが、放送が始まったのが私が小学3年生の時でした。ちょうど、どのチャンネルもニュースばかりで退屈な時間帯なので、天才てれび君を毎日楽しく見ていました。

それからしばらくして地域のサッカー少年団に入り、夕方は毎日サッカーの練習に行くようになったのでしばらく天才てれびくんからは遠ざかっていたのですが…中学3年になり部活を卒業して早く家に帰れるようになったタイミングで、再び天才てれびくんを見るようになりました。

それから約3年間、天てれを見続けるのですが…改めてドハマリしてしまいました。番組に何度もファンレターを送りましたし、放送も毎日録画して何度も繰り返し見ていました。

中でもお気に入りのてれび戦士は中田あすみちゃんでした。こんなに可愛い女の子が存在していたのかと衝撃を受けました。身長は160センチを越えていましたし小学生にとても見えません。

asumi_nakada※公式ブログより

天てれ出身者は大人になると芸能界から引退する方が多いのですが、今でもテレビで彼女が活躍する姿を時々見かけることができ、親心といいますか…なんとも嬉しい気持ちになります。

先日久しぶりに天てれを見たところ、ちょうどその日は木曜日で、生放送をしていました。私の好きな芸人「ラバーガール」が出ていたこともあり、つい見入ってしまいました。

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木曜日は昔から生放送をしているのですが、当時は電話を使って視聴者とゲームをしていたのを覚えています。「すごいハイテクことをやっているなぁ…」と感心して見ていたのですが、今ではデータ放送のテレビのリモコンで誰もが参加出来るゲームをしていて、つい自分もリモコンをポチポチしてしまいました。

てれび戦士になりたかったなぁ…

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浪人生活は大学生活より充実して楽しかった

私は現役時代、地元の国立大を受験したのですが不合格でした。

センター試験後の合格判定はA(期待度80%)で二次試験もメチャクチャ楽勝で手応え十分だったのですが…落ちましたw

実際に親と大学まで結果を見に行って、自分の受験番号が無かったのはショックでした(T_T)

私立は受けていなかったので浪人をすることになるのですが、予備校には行かずに通っていた高校でもう1年勉強させてもらうことになりました。

私が通っていた高校には年額20万円ポッキリでこれまでと同じように大学受験を失敗してしまった同級生約60名と再び一年間だけ授業を受けることができるというシステムがありました。

これまでと同じように制服を着て普通の生徒と同じように高校に通うことには抵抗がありましたが、週に1時間だけあった体育の時間はすごく楽しみでした。プール、野球、サッカー、テニス…何をしてもよい自由な時間でしたので!

さて実際の浪人生活ですが、「合格するまでゲームはしない」というルールを自分に課して、唯一の趣味であったテレビゲームを封印しました。)

そして自分は外国語大学を目指すことにしました。理由は外国語学科はただ英語さえ勉強していれば合格出来るだろうという安易な考えからです。

勉強時間の配分的には英語70%、現代社会(政治経済)15%、国語10%で数学5%くらいでした。

数学は受験で使う気はありませんでしたが、暗記科目ではないので音楽やラジオを聞きながらでもできる息抜きの時間としてやっていました。

結局、センター試験は現役時代は8科目受けて520点、一年後は9科目受けて720点取りました。ほぼ英語と現代社会しか勉強していなかったのですが、何故か全体的に点をとれました。

大学受験という目標のために、ただひたすら勉強して暗記してテストの点を稼いで模試の結果に仲間たちと一喜一憂する…非常に充実した日々だったと思います。



合格の通知を手にした時は跳び跳ねて大喜びしましたね~

そんな必死の思いで手にした大学生活もうまくなじむことが出来ず、パチンコパチスロ漬けの毎日で無駄にしてしまいました。何度大学やめたいと思ったことか…四年で卒業出来たことが奇跡です。

もしあの時、現役で地元の大学に合格していたら今よりもっとましな生活をおくれていたかもしれません。

せめてあの一浪した時の「合格するまでゲームはしない!」といった意志の強さが再び欲しい。

どんなに固く決心してもなかなかパチをやめられない現在の自分の意志の弱さはなんとかならないものか┐(´д`)┌ヤレヤレ

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